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称名寺(加古川城跡)

黒田官兵衛と光姫ゆかりの地めぐり」で称名寺へ行きました。
称名寺はJR加古川駅を南へ10分弱ほど歩いていったところにあります。

称名寺は加古川城跡に建っています。
称名寺は聖徳太子により開山されたと伝えられています。
鎌倉時代、雁南庄(今の印南郡の一部)領主であった糟屋有教が、加古川城を築いた時期から糟屋氏の菩提寺としました。

称名寺と「黒田官兵衛と光姫とのゆかり」についてです。
境内にあった説明板には次の様に書かれています。
真言宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来です。寺の付近一帯は加古川城跡です。天正5年(1577)加古川城で加古川評定(信長軍と毛利軍が戦うきっかけとなった会議)が行われました。また、糟屋(内善正)武則(12代加古川城主)は、黒田官兵衛の推挙により羽柴秀吉に使え、三木合戦において箕谷ノ上付城(三谷ノ上付所)に布陣して活躍されたとされています。

称名寺の境内には七騎供養塔と言うのがあります。
上記説明板には次のように書かれています。
境内には地人が憐れんで建てた南北朝時代の7人の武者の7騎供養塔があります。これは南北朝時代、出雲守塩治高貞が加古川で追ってに襲われた際、主君を守ろうとして奮死した従臣7名を供養するために建てられたものです。後に塩治高貞は、人形浄瑠璃等の代表的な演目「仮名手本忠臣蔵」に登場する塩治判官のモデルとして取り上げられ、忠義話として紹介されました。

■称名寺(しょうみょうじ)
〒675-0037
加古川市加古川町本町313
Tel:079-422-2262
山号:佛頂山
宗派:真言宗高野派
寺格:高野山遍照院末
本尊:阿弥陀如来
創建年:不詳
開山:伝 聖徳太子

称名寺にやってきました。

称名寺にやってきました。

称名寺 山門

称名寺 山門

「官兵衛の妻 光のゆかり地」称名寺

「官兵衛の妻 光のゆかり地」称名寺

称名寺 本堂

称名寺 本堂

称名寺 不動堂

称名寺 不動堂

七騎供養塔

七騎供養塔

称名寺は住宅街にあります。
そんな中で、白壁の塀がなかなか良いです。

称名寺 白壁

称名寺 白壁

追記 2014年11月17日)
今年9月に行った「黒田官兵衛と光姫ゆかりの地めぐり」に続いて、またまた、称名寺へ行ってきました。
今回の称名寺行きの目的はイチョウの巨木を写真に収めることです。
前回に称名寺を訪れた時はイチョウの巨木があること知らなかった為に写真に撮っていなかったのです。

11月17日現在、称名寺のイチョウは真黄色に色づいて美しかったです!
11月半ばだと黄色く色づいているか心配でしたが、心配はご無用でした。
(同じ日、大神宮の御神木のイチョウを見に行きましたが、黄色く色づくのは、まだまだ先のように感じられました。)

称名寺のイチョウの木の幹周りですが、私が見たところ目通りで3.6mぐらいと思われます。
ただし、枝分かれした高さ3mぐらいの位置では幹周りが5m近くあるかもしれませんね。
称名寺のイチョウは、安永4年(1775年)に書かれた古文書によれば銀杏3本目通り4尺7寸(約1.42m)と記され、昔から加古川の目印とされていたと言います。

称名寺 再訪

称名寺 再訪

称名寺のイチョウ 全景

称名寺のイチョウ 全景

称名寺のイチョウ 幹周り

称名寺のイチョウ 幹周り

■称名寺 Youtube動画

■称名寺 地図

より大きな地図で 加古川 黒田官兵衛と光姫ゆかりの地 を表示


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